集合体で比較した日米の建築

建築を単体で比較した場合、現代の建築に関しては日米の差はあまりない様に思えます。どちらかと言うと、工業製品としての建築部品に関しては、日本の方が進んでいると言えます。しかし建築を集合体として見た場合、即ち都市的スケールで見た人間の住環境には、日米間に大きな差があります。そこでサンフランシスコ・ベイエリアを題材として、日米の生活環境の比較をして見たいと思います。

 

 

1) 米国サンフランシスコのオフィス街と近郊住宅街

 

a)人々の生活

 

サンフランシスコのダウンタウンは、湾に近い方からオフィス街・ショッピング街・ホテル街・住宅街へとつながっており、周囲三方を水に囲まれた半島の上に発達したこの都市は、極めてコンパクトにまとめられ、計画的に造られた気候温暖にして風光明媚な近代都市であります。そして全米は勿論、世界各地から多くの観光客を集める観光都市であり、北カリフォルニアの金融と商業の中心地であります。

昼間オフィス街で働く人々は、市内から通勤する人々もいますが、近郊の住宅地から通勤して来る人々がほとんどです。朝は八時半から九時頃までが、またタ方は四時半から六時頃までがラッシュです。タ方の六時を過ぎるとオフィス街はひっそりとしてしまい、オフィス街のバーなども、タ方五時から七時頃まで賑わってはいますが、それ以降はひっそりとしてしまいます。しかし、ホテル街・レストラン街とか歓楽街は、オフィス街が静かになった頃から賑わい始め深夜まで続きます。

近郊住宅地から通勤して来る人々も、ほとんどが30~40分の圏内なので、仕事が終わってから家に帰り家族を連れて出直して来て、音楽会・タ食あるいはパーティーに向かう人々が多い様です。夜は夫婦同伴が通例であり、商売上の付き合いも夜は同伴が多く、婦人ぬきの商談はオフィスで、または昼食を共にしながらというのが普通です。タ食会やカクテルパーティーも夫婦同伴が多いので極めて賑やかに楽しめます。

 

b)交通

 

サンフランシスコ・ベイエリアの主な交通手段は車・バス・地下鉄です。バスは、通勤ラッシュ時は本数が多いですが、それを過ぎると一時間に一本位になってしまいます。またバス路線もごく限られており、どこへでもバスが走っているとは限りません。地下鉄も20分間隔で走ってはいますが、これもどこからでも地下鉄に乗れると言う物ではなく、最寄りの駅まで車で行き、駐車場に車を置いて地下鉄に乗るといった具合です。車が自由な時間にどこへでも行けて一番便利なのですが、車の運転の出来ない子供達や、車を持てない人々には不便なものです。車を一台しか持てない家族なども大変不便となるわけで、16才以上の子供のいる家庭では、車が三台は必要ということになり、経済的に大きな負担となります。  

ABOVE SANFRANCISCO BY R.CAMERON AND H.CAENから
ABOVE SANFRANCISCO BY R.CAMERON AND H.CAENから

c)道路

 

サンフランシスコの道路は、斜面のある地形にもかかわらず碁盤の目の様に走って居り、名高いマーケット街がオフィス街から住宅街に向かって斜めに走り、縦横の道と斜めに交差しています。従って、住宅街からどの道をオフィス街に向かって行ってもマーケット街にぶつかる様に出来ています。マーケット街の路面電車も地下に入り、各方面からの路面電車及び近郊からの地下鉄がマーケット街の下を走っています。市内のバスもマーケット街を走り、マーケット街は歩行者・車・バス・地下に入った路面電車・地下鉄が集まりサンフランシスコの脊柱と位置づけられています。

道路はほとんどが両側に4~5フィート(1.2~1.5m)の歩道があり、道路自身には両側に平行駐車出来るスペースがある上に真ん中一車線づつの対面交通の出来るスペースがとられ、静かな住宅街には十二分なスペースと言えます。丘陵地に碁盤の目の様に道路を造ったので、中にはとても急で車がやっとローギヤで登れる位の道路もあり、あるものは道路として使えないので、公園として使っている所もあります。しかし、真っ直ぐな道は見通しもきき、見晴らしがとても良いのです。道路名は番号が多く、住所も番号なので家がとても探しやすく出来ています。

サンフランシスコから各地に高速道路が延びており、バイパスも多くあります。高速道路は皆無科、要するにフリーなのです。カリフォルニアで高速道路をフリーウェイと呼ぶのは、只で走れると言う意味から来ているそうです。高速道路は必ず4車線以上、片側2車線以上なので、故障の車がいても残りの車線が使えるように出来ています。車が発達するにつれて発展してきた州なので、全てが車用に出来ています。

標識などの字の大きさ・太さ・取付け位置なども良く考えてあり、また、フリーウェイも極めて走りやすく設計されています。停止線と信号の高さも視線に入り安い高さを選んであり、今どの道を走っているかすぐ判る様に道路の番号の標示も極めて頻繁にあります。

 

d)上下水道

 

サンフランシスコ近辺の都市では、カリフォルニア州とネヴァダ州の境にあるシエラ・ネヴァダ山脈の雪解け水が川に流れ込んで太平洋に向かって流れる何本もの川の水を集めて上水用のダムを造り、その水を濾過して上水道に送り込んで、水道水として使っています。水質は非常に良く、酒造りにも適しているので、有名なワインや日本酒まで醸造されています。水圧も高く、シャワーなどの水の出も極めて良く、また散水も盛んに行われています。しかし、降雪量が少ない年が4,5年も続くと水不足になり、散水とか墳水の水が制限され、トイレから風呂の水まで自主規制させられます。

下水道は雨水と排水を別にしており、排水は生活排水・雑排水共道路の下を通るパイプで市営の浄化槽に流れ込んでいます。雨水は海に放流されています。電線は道路によっては地下埋設、特に新しく開発された所は、地下埋設が普通です。サンフランシスコ・ベイエリアは殆どが丘陵地で、海または湾に面しており、排水は大変良い所です。

 

e)オフィス街

 

サンフランシスコのオフィス街は北カリフォルニアの金融・証券・保険・貿易・商業の中心でありカリフォルニアのゴールドラッシュ当時から栄えた古い街で、米国西部では一番落ち着いた街でしょう。

朝タのラッシュ時は、人々の往来も激しく活気に溢れて居り、昼はオフィスから流れ出した人々が昼食をとりにレストランに入ったり、あるいは広場で昼食をし、野外コンサートに群がり、ベンチで昼寝をしたり、と様々な光景が見られます。雨季を除いてはサンサンとしたカリフォルニアの太陽が全てを更に楽しげな物にしています。太陽の光の降りそそぐ街角の昼下がりなど、良くサキソフォーンやクラリネットを吹いて小銭を集めているジャズ・ミュージシャン達がいっそう華やかさを添えています。

昼間のさんざめきをよそに、夜は静かなビルの谷間と化してしまうこのオフィス街にも、高級アパートやマンションがあり、ビル街に住んで居る人々も相当数いるわけです。

 

f)商店街

 

ゴールドラッシュ当時から栄えたこの町は、金鉱を掘り当てた大金持達がこぞって建てた豪邸が丘の上に並び、湾の美しい景色をほしいままにして、東洋や欧州から舟で運ばれて来た物を家に飾ったり、身につけたりしていました。自然の恵も豊かで、太平洋からの海産物はもとより農場から取れる果実や農産物も豊富であったし、汽車で東部から運ばれて来る工業製品もこの町に集まり、古くから北カリフォルニアの商業の中心として栄えていました。これは今も変わりなく、更に太平洋を中心とした海上交通の拠点として、その発展が期待されています。金融と商業、そしてそれに付随するサービス業の中心都市であり、近隣にはハイテクで有名になったシリコンバレーもあり、軽工業地域とも隣接しています。

サンフランシスコの町は雑多な人種が入り乱れて住んでおり、非常にコスモポリタン的雰囲気に包まれて居り、文化的なバラエティーが商業にも活気を添えています。このような人々は色々な所に人種的集落を造り、そこでは民族文化の継承がなされるため、時には観光の目玉となって、町興しに一役買って居り、商業の発展につながっています。

 

g)景色

 

霧・青い空・緑の丘・青い海・サンサンとしたカリフォルニアの太陽と白い建物・起伏に富んだ地形・これらの全てがその温暖な気候と相まってサンフランシスコを美しい町にしています。

起伏に富んだ地形の上に碁盤の目の様にして造られた道は切り通しを造り、その切り通しを通して美しい景色を望み、丘の上からはもっと広い眺めが得られます。実にこのような丘がいくつも有り、斜面も様々な方向を向いているので、その変化に富んだ景色は、平らな土地に住んでいる多くの米国人には、たまらない魅力なのです。この美しい景色のある町が、町自体をまた美しい町としているのです。

 

h)街並み

 

観光都市として、街並みは非常に重要であります。広告・サイン・電柱・貼り紙・建物の統一性・ショーウィンドウ・並木・ストリートファニチャー・歩道の石といった物が街並みを決定します。

サンフランシスコの街並みは非常に特徴があり、極めて落ち着いた物であると言えます。町自体が古いと言うことも有りますが、その古い町を生かして近代都市を造りあげて居ます。大変な努力の跡が見られ、広告・サイン・電柱・貼り紙等決して野放しの状態ではなく、市の指導に基づいて計画されて居ます。観光都市としての顔を、常にお金をかけて手入れして居るのです。観光名物の一つにケイブルカーがあります。これはストリートファニチャーとも言える交通機関です。これの老朽化が進んで、とりはずし寸前まで行きましたが、日系企業の助けもあって、大々的に補修工事を施し、今も観光の名物として走って居ます。ケイブルカーのチンチーンという警笛も、霧の中の霧笛の音もこの町の街並みに色を添えて居ます。

 

i)建物の統一性

 

街並みと深い関係にあるのが建物の統一性であります。サンフランシスコはこの建物の統一性が顕著に現れて居る街です。オフィス街は古い建物を大切にし、建物の外壁を残して内部を全部新しく造り替えたり、新しい建物にも古い建物の外壁のモチーフを生かしたりしています。全面ガラス貼りの建物は数少なく、多くが石造りを思わせるプレキャストコンクリートの外壁や、石を貼った建物が多く、またサンフランシスコの建物の特徴の一つであるベイウィンドウを使ったビルも幾つかあります。

特に住宅地域の建物の統一は徹底しています。街全体の2/3近くの住宅が有名なヴィクトリアンスタイルです。道の広い割には住宅と住宅の間にスペースが全然ありません。サンフランシスコの街並みにはどぎつい程の特徴があり、誰にとっても異国風に感じられます。町造り当時の都市計画家の強い個性が今も顕著に表現されています。そして彼の個性を好む者達だけが集まってそこに住むと言う現象でありましょう。そこに職が有るから来ると言うよりは、その街に住みたいからやって来て職を探すのです。建物の統一がこの町を特別なものにし、人々を引きつけているのです。

 

j)近郊住宅街の生活環境

 

サンフランシスコを中心として、北にはマリンカウンティー・南にはサンマテオカウンティーそして東にはイーストベイシティーズがあり、それぞれ特徴ある近郊住宅地を形成しています。

ゴールデンゲイトブリッジを渡って北へ行くと、マリンカウンティーの住宅地に入ります。ここは、やはり海の水と丘陵地帯が織りなす美しい住宅街であり、サンフランシスコとは違って、家一軒の敷地が500坪~1000坪程のものが多く、緑濃い林の中にひっそりと埋もれる様にしてカリフォルニアランチスタイルの住宅が点在しています。霧も比較的少なく、やや内陸的気候となり、ここには暑い夏があります。

サンフランシスコから南に下がるとサンマテオカウンティーの住宅街があります。ここは太平洋に背を向ける東向きの斜面に住宅街が広がり、150坪~200坪の敷地を持つ住宅から、ある地域では1,000坪に一軒しか家が建てられない様な規制を持った住宅地まで、巾の広い住宅地域があります。住宅のスタイルは一般に、一階建のカリフォルニアランチスタイルが多く見られます。

近年の大地震で破損したベイブリッジを渡ると、サンフランシスコの対岸のイーストベイです。ここは極一般的な住宅地であり、一部を除いては100坪~200坪程の敷地に一階から二階建の家が立ち並んでいます。見晴らしの良い丘の上の方には大きな家が、下の方には小さな家が並び、更に下の方は軽工業地帯がフリーウェイに沿って続いています。しかしここでは道路も広く、上下水道の設備等は人口密度の低い高級住宅地よりは良いと言えます。またバスや地下鉄の便も良く、一般の人々が便利に生活出来る様になっており、サンフランシスコについで都市化の進んだ地域と言えます。

この様な近郊住宅街とサンフランシスコの間には海があり、また丘があり、サンフランシスコが郊外に向かって無限に広がることを防いでいます。

 

 

2)日米の比較

 

サンフランシスコの街は美しい自然を利用して人工的に計画され、且つこの計画に添って発達していった都市ですが、美しい自然と融合して自分達の都市を発展させようとしてきた市民の努力があったからこそ、今もなおその美しさを留めて居るのであると思われます。幸い三方を海で囲まれて居る為に無限のスプローリンが不可能であったことに加え、街の中心部を限定してそれ以上オフィス街が広がらない様にしている事も、都市をコンパクトにまとめる事が出来た大きな要因と思われます。私はこれぐらいのサイズ(宅地区から都心まで車で30~40分位)の都市が車化された社会では最も使い易いサイズであると思っています。

日本との違いはなんと言っても、始めから車化社会として計画的に発展した都市であり、都市が発展してしまう前に、はっきりとした基盤整備計画があったということでしょう。その結果として道路が広く、敷地も適当な大きさであり、仕事へも近く、街並みも統一されて居り、上下水道も完備されて悪臭も街にないという事のようです。

 

 

3)まとめ

 

日本の多くの中小都市は美しい山に囲まれており、サイズを限定出来る絶好の条件に恵まれています。また美しい川の流れがどこの都市にも在るので、これも美しい都市を造る好条件の一つでしょう。このように車化社会に適した都市をまわりの自然と融合させて、計画的に良い都市を造り得る好条件はどこの都市にも有ると思われますが、住民の都市造りに対する理解と情熱がそこに加えられなければならない不可欠な物なのでしょう。

サンフランシスコは街自体がウォーターフロントとして輝いており、活性化しています。即ち水辺の施設が市民に提供されている都市なのです。東京にも東京湾に面している多くの地域が有り、そのいくつかは東京湾に流れ込む大河の流域を有しております。ここの水辺の施設を市民に提供し、車化社会の新しい都市造りを計画すれば、富津・木更津・千葉・東京・川崎・横浜・横須賀の全地域一帯が、美しい新東京湾ウォーターフロント都市群として輝きを放つ時がやって来ると思います。

日本の大量輸送の交通機関は、米国のそれを遥かに凌いでいます。この大量輸送交通機関の利用により、車化社会規模の中都市をつなぎ合わせれば、新東京湾ウォーターフロント都市群が機能すると思います。それぞれの中都市の都心部を充実させる事により、住みやすい中規模都市群が完成するでしょう。

サンフランシスコ湾を取り巻く中規模都市群は、今大量輸送交通機関でつながれつつあります。これがメトロポリタン サンフランシスコ ベイエリアと言う都市圏を形成します。各々の中都市がどれもウォーターフロントを有して居り、水辺の施設が市民に提供されています。大河も重要な交通手段として内陸部まで達しています。

米国の恵まれて居る点は、やはり車化社会の都市形成が早くから発達していたことと、市民の都市計画に対する認識と理解があり、自分達の都市を住み良くしようとする情熱を持った良き指導者達がいるということでしょう。

1992年10月20日  藤井 穆

藤井建築設計

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